大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和53年(ワ)2809号 判決

原告

橋本金属株式会社

右代表者

橋本豊造

被告

鈴木志津子

右訴訟代理人

児玉勇二

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  原告

「被告は原告に対し、金七五万二九七六円および金九二一万八一一〇円に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日から完済に至るまで日歩八銭二厘の割合による金員ならびに金二八万五七五〇円に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日から完済に至るまで日歩一銭六厘四毛四糸の割合による金員の支払をせよ、訴訟費用は被告の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告

主文と同旨の判決。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  本件競売手続

(一) 原告は、昭和五一年五月一三日当時、被告に対し、金八九二万五〇〇〇円の貸金債権を有しており、これを被担保債権として、被告所有の別紙目録記載の土地および建物(以下「本件土地建物」という。)につき、根抵当権を有していた。

(二) 原告は、右同日、東京地方裁判所に対し、右根抵当権実行の不動産競売申立をなし(同庁昭和五一年(ケ)第三五〇号、以下「本件競売手続」という。)、その後同裁判所によつてその手続が進められ、昭和五二年五月九日、代金一一五〇万円、競落人原告とする競落許可決定がなされた。被告は、同日、右決定を不服として東京高等裁判所に抗告したが、同年六月九日、その申立が却下された。被告は、右却下決定を不服として、さらに同年七月一五日、最高裁判所に特別抗告の申立をなしたが、これも却下された。

(三) かくして、東京地方裁判所は、本件競売手続の配当期日を同年一二月二〇日と指定した。原告は、同期日において、前記被担保債権の弁済として金九二一万八一一〇円と、原告が予納していた競売手続費用金二八万五七五〇円との各交付を受けることになつていた。

2  被告の不法行為

(一) 被告は、前記配当期日前の昭和五二年一二月八日、原告を相手方として、大森簡易裁判所に対し、債務協定等の調停申立をなすと共に、本件競売手続の停止を求める申立をなし、翌九日、同裁判所から本件競売手続停止決定を受けた。同決定により、原告は、前記配当期日に前記配当金および予納手続費用の交付を受けることができなかつた。

(二) 被告が右調停等の申立の内容としたところは、被告が原告に対し、金六〇〇万円もしくは金八〇〇万円を支払うことによつて、原告が本件競売手続において競落取得した本件土地建物を被告が取得したいとのことであつた。

(三) 被告の右調停および本件競売手続停止の申立ては、被告において、本件競売手続には、前記のとおり何らの瑕疵がなく、また前記被担保債権の存在も明らかなことが最高裁判所においても是認されていて何ら争う余地がないことを十分に知つていたにもかかわらず、原告が前記配当金および予納手続費用の交付を受けるのを妨害する目的でなされたものである。このことは、被告の前記調停等の申立が、原告が代金一一五〇万円で競落した本件土地建物を、それより低額の金六〇〇万円もしくは金八〇〇万円によつて取得したいとの常識では考えられない内容であることからも窺知される。

3  損害

前記被告の不法行為により、原告は、昭和五三年六月二八日に至るまで前記配当金および予納手続費用の交付を受けることができず、その結果、次の損害を被つた。

(一) 金七四万八三二六円

原告が昭和五二年一二月二〇日の配当期日に交付を受けることのできた配当金九二一万八一一〇円に対する同日から昭和五三年三月二八日まで日歩八銭二厘の割合による遅延損害金。

なお、原告の被告に対する前記貸金については、遅延損害金は日歩八銭二厘との約定であつた。

(二) 右配当金九二一万八一一〇円に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日から完済に至るまで日歩八銭二厘の割合による遅延損害金。

(三) 金四六五〇円

前記原告が予納した競売手続費用金二八万五七五〇円に対する前記(1)と同期間日歩一銭六厘四毛四糸(年六分)の割合による遅延損害金。

(四) 右予納金二八万五七五〇円に対する前記(2)と同期間日歩一銭六厘四毛四糸(年六分)の割合による遅延損害金。

4  よつて、被告に対し、前記不法行為を原因とする損害賠償金の支払を求める。

二  請求の原因に対する答弁

1(一)  請求の原因1(一)の事実のうち、当時、原告が、被告に対して貸金債権を有し、これを被担保債権として本件土地建物につき、根抵当権を有していたことは認めるが、右貸金債権額は否認する。

当時、被告が原告に対して負担していた債務は、昭和四九年一一月一二日に借受けた金三二三万円と昭和五〇年三月一日に借受けた金四七万五〇〇〇円の合計金三七〇万五〇〇〇円にすぎない。

(二)  同(二)の事実は認める。

(三)  同(三)の事実のうち、原告主張のとおり配当期日が指定されたことは認めるが、その余の事実は知らない。

2(一)  同2(一)の事実のうち、被告が原告主張のような申立をなし、これに基づいて本件競売手続停止決定がなされたことは認めるが、その余の事実は知らない。

(二)  同(二)、(三)の事実は否認する。

3  同3の事実は否認する。特に原被告間の貸借につき、遅延損害金日歩八銭二厘とする約定はなかつた。

三  被告の主張

1  被告が大森簡易裁判所に調停および本件競売手続停止の申立をしたのは、当時、被告が原告に対し負担していたのは前記のとおり合計金三七〇万五〇〇〇円の借受金債務にすぎなかつたにもかかわらず、原告が本訴においても主張しているようにそれをはるかに超える額の債権を有すると主張し、さらには、その遅延損害金についても何らの約定がなされていなかつたにもかかわらず、原告がこれにつき日歩八銭二厘の約定があつたと主張してその間に争いがあり、この紛争の解決を求めるためであつた。このように、原被告間に紛争が存する以上、被告が法令の定める手続に従つてその解決を求める申立をなすことは、正当な権利の行使であつて何ら違法なものではない。また、調停裁判所である大森簡易裁判所が本件競売手続停止決定をなしたのは、民事調停規則六条の定めるところに従い、本件競売手続の停止を相当と判断したことによるものであつて、もとより正当なものである。なお、被告は、右本件競売手続停止決定による同手続停止のため、金六〇〇万円もの担保を立てたのである。

2  被告が本件競落許可決定につき、抗告および特別抗告をなしていずれも却下されたのは、被告の無知によりいわゆる競売屋と称される者にそれらを委ねたがために、正当な権利主張をなし得なかつたことによるものである。被告は、前記調停等の申立をなすに際し、はじめてそれを弁護士に委任したものである。ちなみに、原被告間には、現在、被告が原告を相手方として、前記紛争のある債務不存在確認の訴を提起し、それが現在東京地方裁判所に係属し(同庁昭和五三年(ワ)第四五一九号)、審理中である。

四  原告の被告の主張に対する答弁

1  被告の主張1の事実のうち、被告が金六〇〇万円の担保を立てたことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告の前記調停申立および本件競売手続停止の申立は、請求の原因2の(二)、(三)において主張したとおりであつて、その申立が法令に基づくものであるとしても、それは権利の行使に名を藉りて原告の権利を侵害することだけを目的としたものであつて、権利の濫用であり、違法な行為である。

2  同2の事実のうち、被告主張の訴訟が現在係属していることは認めるが、その余の事実は知らない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一当事者間に争いのない事実

1  昭和五一年五月一三日当時、原告が、被告に対して貸金債権を有していて(但し、その債権額については、当事者間に争いがある。)、これを被担保債権として本件土地建物につき、根抵当権を有しており、原告が、同日、東京地方裁判所に対し本件抵当権実行の不動産競売申立をなし(同庁昭和五一年(ケ)第三五〇号)、その後同裁判所によつてその手続が進められ、昭和五二年五月九日、代金一一五〇万円、競落人原告とする競落許可決定がなされた。被告は、同日、右決定に対し東京高等裁判所に抗告したが、同年六月九日、その申立が却下され、さらに、右却下決定に対し、同年七月一五日、最高裁判所に特別抗告の申立をなしたが、これも却下された。

2  東京地方裁判所は、本件競売手続の配当期日を同年一二月二〇日と指定した。

3  被告が同年一二月八日原告を相手方として、大森簡易裁判所に債務協定等の調停申立をなすと共に、本件競売手続の停止を求める申立をなし、翌九日、同裁判所が本件競売手続停止決定をなした。これにつき、被告は、金六〇〇万円の担保を立てた。

二原告は、被告の前記調停および本件競売手続停止の申立は、その競落許可決定が最高裁判所においても是認され、実質的にも形式的にも何らの瑕疵がなく、全く争いの余地がないものであるにもかかわらず、原告が昭和五二年一二月二〇日の本件競売手続の配当期日に配当金九二一万八一一〇円、予納手続費用金二八万五七五〇円の交付を受けるのを妨害する目的でのみなされた違法な行為であると主張し、被告は、右申立は、原被告間において、当時その債権債務額等に争いがあり、その紛争の解決を求めたものであるから、正当な権利の行使であると主張するので、この点について判断する。

1  〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

原告が本件競売手続において被担保債権として請求していた債権は、原告が被告に対し昭和四九年一一月一二日から昭和五〇年一二月三一日までの間に貸付けた元金八九二万五〇〇〇円とこれに対する昭和五一年五月一〇日から完済に至るまで日歩八銭二厘の割合による損害金とであつた。

被告が前記大森簡易裁判所に申立てた調停および本件競売手続停止申立の内容は、その申立書によると、原告の本件競売手続における前記請求金額に対し、被告が原告に対して負担している債務は、昭和四九年一一月一二日に借受けた金三四〇万円と昭和五〇年三月一日に借受けた金五〇万円およびこれらに対する利息制限法所定範囲内の利息等合計金五四五万二〇三二円にすぎず、本件土地建物には被告が現に居住しているので、本件競売手続によりこれが原告に取得されれば、被告はその生活の本拠をも失うことになるので、原告との間で右の点について調停を求めるというものであり、なお、本件競売手続の配当期日が昭和五二年一二月二〇日と指定されるに至つたのは、被告が竹迫直三郎なるいわゆる事件屋に欺罔されていたためであるというものであつた。

本件競売手続の昭和五三年六月九日の配当期日における「売却代金交付計算書」に記載されていた原告への交付額は、元金八九二万五〇〇〇円の内金四八五万五六二〇円と損害金四三二万八〇一〇円であつたが、被告が同期日において、右元金分につき金一一五万六二〇円、損害金分につき金三九六万八六七六円の合計金五一一万九二九六円の原告への交付に異議を述べた。しかし、結局原告は、同年六月二八日、右元金の内金四八五万五六二〇円と損害金四三二万八〇一〇円の交付を受けた。

以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  その後、被告が原告を相手方として、東京地方裁判所に対し、本件競売手続において被担保債権であるとして請求されていた債権につき、債務不存在確認の訴を提起し、現在審理中であることは、当事者間に争いがない。

3  ところで、不動産の任意競売手続において、被担保債権が存在することがその実質的な要件であることがもとよりであるが、これが全く存在しない場合は格別、その額について争いがある場合であつても、被担保債権が存在する以上、その手続は適法なものというべきである。

これを本件についてみると、被告の主張自体によつて明らかなように、被担保債権が全く存在しないものではなく、その額について原告と被告との間に争いがあるにすぎないものであるから、本件競売手続にはこの点については何ら違法とすべきものはなく、適法なものであるということができる。したがつて、そのことを理由とする本件競落許可決定に関する抗告、特別抗告が前記のようにいずれも却下されたのは、もとより当然というべきである。

4  しかし、任意競売手続それ自体は適法であつても、被担保債権額について争いがあり、これを当該任意競売手続において確定できない以上、最終的には争いのある当事者間において別訴でこれを確定しなければならず、これは、任意競売手続において指定された配当期日に、抵当債務者が被担保債権額について異議を述べ、これが認められずに抵当権者に代金が交付された後においても同様であり、仮に代金の交付を受けた抵当権者が後に別訴において敗訴した場合には、その受けた交付金を不当利得として返還しなければならないものというべきである。

5  そうだとすれば、右被担保債権額の確定を求める別訴を提起するに先立ち、抵当債務者が抵当権者を相手方として、民事調停法の定める手続に従って争いのある被担保債権額につき調停による解決を求める申立をなすことは当然許されるものであり、これと同時に同法六条の定める任意競売手続の停止を求める申立をなすことも許されるものというべきである。そして、右申立を受けた裁判所は、申立事件が調停によつて解決することが相当であり、かつ、調停の成立を不能にし、又は著しく困難ならしめる虞があるとみずから判断した場合に、調停手続が終了するまで任意競売手続を停止することを命ずることができるものである。

以上によれば、競落許可決定が確定し、配当期日が指定された後であつても、それが権利の行使に名を藉りた権利濫用等の特段の事情の存しない限り、被告が原告を相手方として、大森簡易裁判所に対してなした前記調停、本件競売手続停止の申立は、民事調停法によつて認められた適法なものというべきである。

6 そこで、被告の右申立につき、権利濫用等の特段の事情が存するか否かについてみるに、原告会社代表者服部政子、同橋本豊造の各供述中には、被担保債権額が明確であるにもかかわらず、被告がなおかかる申立をなすのは権利の濫用であるとの趣旨の供述部分があるが、前記および前認定の事実関係ならびに証人鈴木幸一の証言、被告本人尋問の結果と対比すると、右の各供述をもつて、被告の右申立が、原告が競売裁判所から配当金、予納手続費用の交付を受けるのを妨害することのみを目的としてなされたものであると認めることができず、他に右特段の事情を肯認するに足りる証拠はない。

7  よつて、被告の大森簡易裁判所に対する前記調停、本件競売手続停止の申立(これに基づく大森簡易裁判所の本件競売手続停止決定)は適法なものであり、何ら違法な点はないものというべきである。

三以上のとおりであるから、被告の前記調停申立および本件競売手続停止の申立が違法であるとする原告の本訴請求は、既に右の点において理由がないので、爾余の点について判断するまでもなく、失当として棄却すべきものである。よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(渡辺昭)

別紙物件目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例